全国一千万人のワーキングマザーのみなさんこんにちは。
元サラリーマンワーキングマザーのばばたまです。(マンなのか、ウーマンなのか、どっち?)
4月から職場復帰。子育てと仕事の両立がはじまっている方がたくさんいらっしゃると思います。そしてGWまで頑張ろう!とにかくそこまで走り切ろう!と自らを鼓舞されているのではないでしょうか?かつて、私もそうだったように・・・

葛藤や悩み多きワーキングマザーのみなさんの気持ちが少しでも楽になるといいなと思って、『ばばたま 適当ワーキングマザーのヒント』という記事もちょいちょい書くことにしました。

「適当って!!(怒)」と、いきり立つのはやめてください。子育ても仕事も長いんです。どっかで適当にやらないと死にますよ。死なないにしても身体壊しますよ。特に、35歳過ぎてから出産したあなた!
無理して身体に出てくるのは40超えてからですよ。(キッパリ)

経験者は語る。

特に、仕事が好きで子育てと仕事を両立したいと思って頑張っている方は無理をしていると、その好きな仕事、やりたい仕事も断念せざるを得なくなります。でも、意外と自分では「無理している」って気づかなかったりするんですよね。
だからこそ、抜けるところでは手を抜いて、切ない思いをしてほしくないなーと思います。

働きやすい職場環境を!
雇用条件や労働条件の緩和を!
子育て支援を!
夫も子育てに参加を!

いろいろ言われるように母親個人でなんとか出来る問題でもないんですけどね。
でも、私個人の、ほんっとーに個人的な感想ですが。
誠実に頑張っていることが相手に伝われば、「意外と」職場は理解してくれる。と、思います。
結局、会社は人で構成されているので、一緒に働く人が「カチン」「イラッ」とくるような言動が非協力につながる・・・のは、別にワーキングマザーだけの話じゃないですし。

出来ないことは出来ない。だからこそ、出来ることは120%やる。
そうすると、プラスマイナスゼロくらいになって、そこそこうまくやれるんじゃないかなーと思ったりするのです。

お前適当って言ってるくせに頑張ろうとか矛盾してるじゃんというご指摘、ごもっとも。
でも、全部適当はダメで、それを推奨したいんじゃないんです。正確に言うと・・・

『頑張りすぎるあなたへ贈る、適当ワーキングマザーのヒント』

まずは、「トイトレ問題」について斬りこみます。(次回記事に続く)

 

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今日は、なんとも本当に嫌なニュースが流れました。松戸市のベトナム人の女の子が殺害された事件の容疑者が、なんとその子が通っていた保護者会の会長(PTA会長という報道もあり・・・どっち?)だったとのこと。
子どもたちの安全見守りで毎日道路にたっていたその人が!!

それでも、とにかく逮捕されたことで小学校の学区の皆さんはまずはほっとしたことでしょう。逮捕されるまで不安だったに決まっていますから・・・でも、残ったこの後味の悪さ。
亡くなったレェ・ティ・ニャット・リンさんのご冥福をお祈りします。まだ小学校3年生。本当に、本当に、人生はこれからだったのにと思うとやり切れません。

 

1.「不審者」から身を守れ?

不審者を見つけたらすぐに逃げましょう。とは言われるものの。漫画と違って現実世界の不審者は、不審者とわかるような恰好はしていません。

↑ こんなわかりやすい不審者は絶対にいない。

不審者を見分ける標語があります。ご存じですか?それが『はちみつじまん』です。
は・・・はなしかけてくる。
ち・・・ちかづいてくる。
み・・・みつめてくる。
つ・・・ついてくる。
じま・・・じっとまっている。
ん・・・「ん?」と注意。

こういう人が「不審者」だと。この標語が強引だとネットでは賛否両論ありますが、子どもの記憶に少しでも印象付けられるなら悪くない。が、我が家の息子の脳みそには全くインプットされておりませんでした。(教えたのに)

じゃあ、それなら「いかのおすし」は?(警視庁推奨)

いか・・・ついて「いか」ない
の・・・他人の車に「の」らない
お・・・「お」おごえを出す
す・・・「す」ぐにげる
し・・・何かあったらすぐ「し」らせる

これも怪しい。。。でも、何度も教えることで心のどこかにひっかかればよしとします。
防犯も防災も、1回だけじゃ身に付かないですよね。だから常に「訓練」が必要なわけで。
とはいえ、もう少し具体的な何かが欲しいところです。

2.小さな子どもほど目を離してはいけないと言われる根拠

4,6,20mの距離を子どもに体感させるべき、と言うのは、子どもの防犯に詳しい清永賢二先生(教育学者・犯罪学者)です。
詳しくは、リンクを貼りますのでセコムの運営している『子どもの安全ブログ』をぜひ参照していただきたいのですが、犯罪者のパターンとして以下の傾向がどの犯罪においても共通してみられるそうです。
(面識のない加害者が襲いかかる場合)

500m ターゲットを捜す(なんとなくあちこち見渡して『獲物』になりそうな子がいないかを捜す)
200m 見つけたら徐々に距離を詰める。その間に「やろう!」という気持ちが高ぶってくる。
20m  周囲に見とがめられないかを気にしながら距離をさらに詰めて、ここから「襲いかかる準備」をする。ここで犯行意志が固まりさらに距離を詰める。
6m  犯行のやる気が頂点に高まり、一気に襲い掛かる。

つまり、子ども達は20m先になんとなく怪しい動きをする大人を見つけたら警戒しなければならず、6m手前で様子のおかしい大人がやってきたら全力で逃げなければならない。
6mを切ると、逃げ切るのが難しくなるそうです。でも、ランドセルを捨てる(荷物を捨てる)と4mからでも逃げ切れる可能性が高いとのこと。ランドセルは絶対に捨てて走れと教えておくことも大切。
ランドセルをストンと下に落とす練習も日頃からしておくべきですね。(ランドセルには最低限の個人情報しか記載しておけない世の中になりました。住所や電話番号は書くべきじゃないな・・・)

そして、逃げる場合、20mは走り切らないといけない。(なお、地域差はありますが電柱と電柱の間隔は30mとのことなのでそれよりは短い距離ではありますが、電柱から電柱までの間隔は全速力で走ってにげなければならないくらいに思っておいた方がよい)20m走り切って逃げると、犯人はあきらめるのだそうです。
子どもが全速力で走っていて、その後ろを大人が追っかけていたら確かに目立ちますね。人目を引く行動は犯罪者は最も避けたいから諦めるとのこと。

小さい子どもほど、大人に追いかけられて20mを逃げ切るのは難しい。小さな子どもから親は目を離してはいけないというのはここからきているそうです。

子ども達には6mを切って、近づいてくる鼻息の荒い大人をみたら即ダッシュで20mは走り切れるような体力をつけさせておかないといけないということですね・・・(なお、ハイエースなどのワゴン車の全長は5m。それよりさらに1m分の間隔をみておかないといけない・・・この6mを保てるかどうかが結構重要です)

距離感や動きは、実際やってみないとわかりません。週末などを利用してぜひ実地訓練をしてみてはいかがでしょうか?私も息子とやってみようと思います。

*セコムの運営する『子どもの安全ブログ』

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こんばんは。
2日、ブログ更新がストップしていたのは・・・さぼっていたのではありません。(笑)
4月はスタートの月でもあるので、企業向け研修の繁忙期です。
新入社員だけではなく、新プロジクトや新サービスのスタート、新店舗オープン等等、いろんな「スタート」があります。昨日は、そんな「スタート」をサポートするために、ある企業様のところへトレーニングビート®研修に行ってきました。

といっても、私は「トレーニングビート®」のトレーナーとしてはまだまだ勉強、修行中の身ですのでほんとにお手伝いレベル。ただ、昨日はその後のダイアログ(対話)研修の講師を担当したので、その準備のためブログ更新まで行きつけなかった・・・という次第です。

1.ダイアログって何?

ダイアログ(対話)という言葉、ディスカッション(議論)と比べて聞きなれない単語だと思います。一般的ではないのですが、実際の私たちの会話は、議論より対話に近いことの方が多いと思っています。テーマを決めず自由にいろんなことを話し合う。イメージとしてはキャンプなどでたき火を囲んでとりとめもない話をした時、意外に普段離さないようなことまでつい話してしまった・・・それが対話です。(とりとめなく話していただけなのに、そのあとぐっと距離感が縮まったり凝縮した感覚を持ったことはないですか?)

このダイアログは、仕事が出来るチームになるために大切なことだと、ピーター・M・センゲは著書『学習する組織』の中で言っています。500ページにわたる超大作。
そして、ダイアログという概念、もともとは物理学者のデヴィッド・ボームが明確にした方法論だということですが、この人の本がまたさらに難しい。。。(こっちは200ページくらい)

乱暴なまでに超シンプルに何が書いてあるかと突き詰めると、結局(以下、ブルゾンちえみ風に)

よく知りもしない人と

一緒に仕事ができますか?

相手の趣味趣向主義傾向がわかってた方が

仕事しやすくない?

(写真はイメージです。ブルゾンちえみがよくわからない方はこちら。

2.急がばまわれ

仕事なんだから他人の思考なんていちいち尊重してられない。という主張が聞こえてきそうですが。
それ、時代遅れ。相互関係や相互理解にスポットを当てる「組織開発」という流れが最近の企業人事のトレンドです。(まぁ、流行が必ずしも良く、効果があるとは限りませんけど)
相手のことまで理解してたら時間がかかりすぎる。という声も出てきそうですが。
昔の人は言いました。

「急がばまわれ」

お互いを理解した後は、何も言わなくてもそれぞれの役割を自覚し、自分はこのチームでどう立ち回ったらいいのかをスムーズにわかるようになるそうです。ダイアログ、すげぇ。(言葉遣いは丁寧に)
遠回りに見えても、仕事をスムーズに進めていくには相互理解を深めた方が話が早いと思います。
とはいいつつも、日常生活、しかも職場の人と「さぁ、ダイアログしてください」って言われたって出来る訳ないと私は常日頃から思ってきました。そんな乱暴な話ってある?と。
でも、ダイアログは必要だと思っていたし、私がかつてマネジメントしていたチームはダイアログを大切にしていました。(当時はそれを明確に「ダイアログ」と意識していたわけではありませんが、ようはやってたことはダイアログだったなと最近しみじみ思うのです。そしてそのチームは「社長賞」を授賞しました。)

どうしたら自然な形でダイアログに持っていくことができるんだろう?
考えていたら、灯台元暗し。
トレーニングビート®とすごくマッチするのでは!と気づいたのです。
一体感を作り、チームワークを強化し、仲間と協働作業をするということはどういうことか?を体感した後なら、きっと「何もない状態」からいきなりダイアログを始めるより、絶対に絶対によいものになるに違いない。と。

本当によかったです。(自画自賛)

ちなみに、研修なのでさすがにダイアログといっても「さぁ、じゃあ自由に話してください」という乱暴なことはしません。(というか、それなら講師がそもそも不要)ある程度のエンジンがかかるように組み立てていきます。
なぜなら、ダイアログにはトレーニングが必要だとも言われているからです。

もし、こちらの研修に興味をお持ちになられた方がいたら・・・ぜひお問い合わせください(宣伝か!)

なぜ、こんなことを書いたかというと、「あそビート」にもこういった企業研修で得られた様々なノウハウや知見が取り入れられていますし、これからもどんどん取り入れていく予定だからです。

さらに、あそビートファシリテーターのカズ&KENも企業研修から子どもの現場、さらには障がい者や高齢者までとにかくあらゆる現場の経験があり、そこで培われたノウハウが「あそビート」には盛り込まれています。

そんな魅力的なあそビート。
ぜひご期待ください。

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という非常にいろんな方を敵に回しそうなタイトルにしてしまったことに若干不安を覚えつつ。
いや、学べると思うんですよ?

↑ じゃあなんでそんなタイトルにした。

1.スポーツの目的とは

スポーツって「勝つ」ことが目的ですよね。基本。
勝つためには、まず、チームワークうんぬんより、そのスポーツに必要なことを身に付けて、ある一定のレベルに達する必要がある。基本的なことですが、ルールを覚えて、例えばサッカーならドリブルの方法とか、シュートの仕方とか、リフティングとか。。。そういう基本的なことができないと試合に出られない。

そう考えると、スポーツでチームワークを学ぶには、テクニックがある一定ラインに達してからなのかと気づいたのです。

そう思ったきっかけは、ある友人の心の叫びでした。

「小学生のサッカーチームなら、チームワークうんぬんより圧倒的に上手いスター選手が1人か2人いれば勝てるの。その方が強いの、勝てるのよ・・・。小学生くらいのうちなら、まだ。。。」

うちの息子はサッカーや野球等の、いわゆる「団体競技」のスポーツに興味を示さなかったのでやらせていません。だから、私は小学生のサッカーと野球の事情に全く詳しくなく、単なるイメージで「団体競技をやってるとチームワークが学べるものだ。」と思っていたし、漠然と「チームワークがしっかりしていないとそもそも勝てないのだ」とイメージがあったんです。ただ、よくよく聞くとそうでもないようで・・・
(そういえば別の友人からも似たような話を聞いたことがあります。)

しかし、子どもの習い事でスポーツが人気であり、かつ、スポーツが好まれる理由の中に「チームワークを学んでほしい」みたいな希望が多いことを考えると・・・それはもしかしたら親の希望と実際得られるもののミスマッチが起こっているのでは?と思ったのです。

2.スポーツはあくまで技術の習得ありき

基礎体力の強化や健全な身体作り、身体能力を鍛える・・・などは、どのお子さんにも間違いなく身に付くと思います。が、「チームワーク」が学べるかどうかは、スキルが一定水準に達するかどうか(試合ができるくらいのレベルになれるかどうか)という前提条件がくっつきそうです。

例えば、うちの息子のように運動音痴の子がサッカーチームに入っても、チームワークを学ぶ前にまずシュートを打てるようになれと言われて、なかなか前に進めそうにありません。(←注:わが子の可能性を信じましょう)

もちろん、それを乗り越えてこそのスポーツですし、当然指導する側も「順を追って」進めているのだからそれは全く問題だとは思いません。
物事には順番があるのだから。

ただ、「チームワークを学ばせたい」と期待してスポーツチームに入れた時。場合によっては、そこに行きつく前に子どもが辞めてしまうこともあるのではないか・・・ということを言いたかったのです。つまり、チームワークを学ばせることは「メイン」ではない。まずは、そのスポーツの技術を習得することありき、ということです。

あそビートは、「チームワークを学ぶこと」がメインになります。
しかも「遊び」を通して。
太鼓などの楽器を使いますが、太鼓を上手に叩けるようになることが目的ではありませんし、他人と比較し優劣を決めるようなことはありません。
スポーツではチームワークが学びづらいな・・・と、思ったお子さんはぜひあそビートに参加して欲しいと思います!

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こんばんは。結局、お天気のすっきりしない週末でしたね。
せっかくの桜も、この寒さの中散り始めて・・・なんだか寂しいです。
散りゆく桜を惜しみつつ、後少し桜を楽しみたいと思います。

さて、えーと・・・今日は、ブログ・・・ちょっと手を抜いてもいいですか?(笑)

いや、手を抜くというか。今日は、私が心をうたれた詩をご紹介したいと思います。と、いっても有名な詩のようなので、すでにご存じの方も多いと思います。ネットを検索してもいろんな人たちがこの詩を子育てと絡めて紹介しています。
私は、知らなかったんですけど。。。(^^;

妊娠して10か月間。お腹の中にいた時が、一番息子と私が近かった時でした。(ていうか、文字通り一心同体)
出産と同時に、私と息子の距離はすごい勢いで離れていくなぁ・・・と思っていました。
そして、その距離は離れることはあっても、もう縮まることはないのだという感覚がありました。
私は、この詩を読んでその感覚がどういうことであるのかを、改めて認識しました。ああ、こういうことだ。と。

とはいえ、詩の感じ方は人それぞれ。
あれこれ解説しようとするなんて、野暮ですよね。
みなさんはこの詩を読んでどんな風に感じられるのでしょうか。

 

レバノン人の詩人 ハリール・ジブラーンの詩

「こどもについて」

あなたの子どもは、あなたの子どもではありません。
彼らは生命そのものが望んだ息子や娘なのです。
あなたを通ってやって来ますが、あなたからやって来るのではありません。
あなたといっしょにいますが、あなたのものではないのです。
子どもに愛を注いでもよいでしょう。でも、考えを与えてはいけません。
子どもには子どもの考えがあるからです。
あなたの家に子どもを住まわせてもよいでしょう。
でも、その魂を住まわせてはいけません。
子どもの魂は明日の家に住んでいて、あなたは夢の中でさえ、そこに立ち入ることができないからです。
子どものようになろうと努めてもよいでしょう。
でも、子どもをあなたのようにしようとしてはいけません。
生命は後戻りせず、昨日とともにとどまってもいないからです。
あなたは弓です。
その弓から、子どもは生きた矢となって放たれます。
射手は果てしなく続く道にある的を見つめ、矢がすばやく、遠くへと飛んでいけるように、力いっぱいあなたをしならせます。
射手の手の中でしなることを喜びましょう。
なぜなら、射手が、飛んでいく矢を愛しているなら、同じようにとどまる弓も愛しているのですから。

 

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新学期や入学式が終わっての週末。
いつもとは違う疲れがたまっているのではないでしょうか?
新しい環境は、誰もが緊張しますよね。お疲れ様です。
私は、息子の通う学童保育の昨年度おやつ代の会計監査をしてきました。意外と?!サーティ○ンのアイスクリームとか、ミス○ードーナツとか、いいもの食べてました(笑) さすがにそういうのは月に1回のお誕生会の時だけですけど。

1.子どもと遊ぶのは楽しいか?

先日、ネットを見ていたらこんな記事に目が留まりました。

子どもと遊ぶのが楽しくない!自分の本音に戸惑うママ

PHP発行の『のびのび子育て』に寄せられたあるお母さんの投稿でした。

待ち望んで待ち望んで、やっと生まれた赤ちゃん。
赤ちゃんは可愛いのに、赤ちゃんと遊ぶのが楽しくない。赤ちゃん特有のコミュニケーションや赤ちゃんが喜ぶ遊び(同じことの繰り返し)が楽しいと思えない・・・そんな自分に戸惑ったという話です。
そのうち、歌をうたうことなら娘さんも機嫌がよく、自分も楽しい気持ちになれることに気づきます。(でも、この方は特に歌が好きというわけではなかった)
そんな風に過ごしていたある日。お友達の結婚式の集まりに呼ばれ、歌とギターのライブが始まりました。娘さんは「お歌が始まるよ」というと目を輝かせて前を向きます。一方、少し前からぐずりはじめていた男の子は演奏には興味を向けず、スマホの画面を見ている・・・それ自体がどうこうではなく、歌を楽しむということも、もしかしたら自然と習得するものではなく、人との関わるで育まれるものなのだとしたら、赤ちゃんと遊ぶことが楽しくないと思って苦肉の策で編み出した「歌」という方法。それも悪くなかったと感じて気持ちが楽になりました・・・

と、いうような内容でした。(元記事はこちら)

深くうなずける。

私も赤ちゃんといて「間が持たないタイプ」だったから。

30分や1時間ならいいんです。もっというなら、1日2日なら大丈夫なんです。でも、毎日だと・・・

飽きる。

↑言い切った~

2.「つまんない」を「楽しく」したい

もうね、いいんです。こんな風に書くと眉をひそめる人もいるでしょう。
唖然とする人もいるでしょう。でも、こんな風に思ってしまう母親だって、絶対いるはず。っていうか、赤ちゃんにあわせた遊びで、大の大人が日がな一日満足できるわけがない。

でもですよ。そういう気持ちを抱くと、それによる罪悪感みたいなのが生まれるわけです。
赤ちゃんが満足するまで付き合えない自分は母親失格。みたいな。

そんなことありません。

なんだかんだいったって投げ出さず(当たり前か)みなさん育ててるんです。ふとそういう気持ちに襲われたって、誰があなたを責められようか。(反語)

あそビート・バンビーノは、「大人も楽しく一緒に」赤ちゃんと楽しめるように作られたプログラムです。実際体験されたお母さんから「・・・私の方がめっちゃ真剣に楽しんじゃったんですけど、いいんですかね?」と聞くくらいに(笑)

いいんです。

赤ちゃんだけが楽しいのではなく。
大人だけが楽しいのではなく。
一緒に楽しめるのが一番楽しい。と、思うからです。

「えー?その感覚、ちょっとわからないわ。私は赤ちゃんといるだけでほんとに楽しいから」という方もいると思います。それはそれで素敵なことです。(私にしたら羨ましい感覚です)
なので、あそビート・バンビーノが不要なお母さんだってたくさんいると思います。

でも。

赤ちゃんは可愛いのに。わが子は可愛いのに。だけど、一緒に遊ぶことが苦痛。または、一緒にどうやって遊べばいいのかわからない。・・・そんな悩みを抱えている人に(そして、それは決して少なくない)届けたい。そう思っています。

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昨日のブログを少し引っ張ってみます。

息子に足りなかったものは「コミュニケーションだ」と言ったのですが、そもそもコミュニケーションってなんだろうということを、あそビートを立ち上げる時何回も話し合いました。

コミュニケーション能力ってなんだ?と。

1.親たちが考える、いずれ社会に出ていく子どもたちに身に付けて欲しい力とは

あそビートのプログラムを考える時、100人を超えるいろんな方々にアンケートに答えていただき、「社会に出るまでにお子さんに身に付けて欲しい能力はなんですか?」と聞いたら、実に7割以上の方が

・他人と協働することが出来る力
・自分の伝えたいことを正確に伝える力
・思いやり

この3つがあげられました。

そして、この3つが身に付いているこということは・・・結局、コミュニケーション能力が高いということなんではないか?という方向に話がまとまったのです。

辞書的な意味でコミュニケーションを調べると、実に本当にたくさんの定義が出てきます。
辞書によっても当然ですが様々です。その中で『世界大百科事典 第2版』からコミュニケーションの定義が語源も含めてちょっといいなと思ったので抜粋します。

もともとは〈ある所(の生物や無生物)から別の所(の生物や無生物)へエネルギー,物体,生物,情報などが移動し,その移動を通じて移動の両端に,ある種の共通性,等質性が生じること〉をいう。
ただし普通には〈人(送り手)から人(受け手)への情報の移動〉,もしくはその移動の結果生じた〈心のふれ合い〉〈共通理解〉〈共同関係〉などを指すことが多い。

【用語と範囲】
communicationの語根はラテン語のcommunisで,〈共有の〉とか〈共通の〉〈一般の〉〈公共の〉というような意味をもつが,〈コミュニケーション〉にぴったり相当する日本語はなく,使われている文脈に応じて用語が選ばれる。

2.「コミュニケーション」は文脈によって異なる意味を持つ

だから、コミュニケーションという言葉を使った時、その時その時に応じていろんな日本語が使われるわけだ。なるほど。と、納得しました。単に「情報伝達」っていう意味でつかわれることもあるし、「心と心の触れ合い」の意味でつかわれることもありますよね。

エネルギーを移動させ、その両端に共通性、等質性を生じさせる・・・っていうのがなんかしっくりきます。

つまり、両端(まぁ、多くは人と人同志ですよね)に「共通性」「等質性」が生まれてないとコミュニケーションではないし、それが上手くいってなければ「他人と協働作業はできない」し「自分の言いたことも伝わらない」わけです。
そして、それが成立するとき、そこには相手に対する配慮や敬意・・・つまり「思いやり」が絶対あるはずだ。と。

私たちの考えるコミュニケーションはTEDのようなプレゼンテーションスキルのことではありませんし、他人を論破するようなスキルではありません。

もっともっと、人と人とのつながりの根っこの部分。
そのコミュニケーションに焦点を当てています。

自分のことを分かってもらうとする努力。
相手が何を伝えたいと思っているのか理解しようとする優しさ。
1人として同じ人間はいないからこその、コミュニケーションの難しさ。それを乗り越えるための「人間力」みたいなことです。

詰まる所、それが人生においてぶつかるいろんな問題を解決していく…究極の課題解決能力なのではないか?というところにいきあたりました。

本来子どもたちはそれを「遊び」の中から身に付けていくのだと思っています。もっともっとたくさん「よく遊び、よく学べ」子どもたち!!

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本日より、新学期。入学式。というところも多いのではないでしょうか。
わが息子の通う小学校も今日から新学期。クラス替えと担任替えでドキドキです。ええ、どんな先生が担任になるかでその1年の明暗が分かれます。

主に・・・私の。

1.学校社会の洗礼を浴びた親子

うちの息子は超がつくマイペース、そして自由人です。さらにお調子者です。
そんな彼をのびのびと温かく育んでくれた保育園から一転、学校社会へ。
担任の先生は秩序を重んじる真面目なタイプ。入学して1カ月たつかたたないかのうちに、まず第一回目の呼び出し。

『保育園の時の様子や、ご家庭での様子をぜひ詳しく伺いたいと・・・』

ひぃぃぃぃぃぃ。

先生の指示に従わない。
落ち着きがない。
自分のペースで行動することが目立つ。
自分の考えを言いすぎる・・・?等が主なご指摘事項でした。

とにかく学校に目をつけられたくなかったという気持ちもあり「すみません。よく言い聞かせます。」と平謝りしていた1学期。その後、夏休みを経て2学期・・・息子の様子、他のお友達のお母さんを通じて入ってくる情報を組み合わせていくと、私の心の中にちょっとした違和感と、ちょっとしたモヤモヤ感が立ち込めるようになってきました。

2学期も半分過ぎたある日、息子が2週連続で洗濯する給食当番衣を持ち帰ってきました。通常、給食当番は1週間交代なので2週間連続で持ち帰ることはないのです。連絡帳には先生の字でこう説明が書いてありました。

←コレです。懐かしいですよね。

『前の週の給食当番の時、配膳の仕事はやったものの、食べ終わった後の片づけをやらず掃除に行ってしまっていたことが他の子ども達の話からわかり、今週も給食当番をやってもらいました。』

・・・つまり、後片付けをさぼったので、給食当番をやり直しになったということのようです。

これは私もほっておけないと思い、なんでそんなことをしたのかと息子に事情聴取しました。そうしたら、ちょっと予想外の回答が戻ってきたのです。

「だってさ、配膳の時は仕事があるけど、後片付けはあんまりないから、俺、やることなくなっちゃうんだ。だったら掃除に行った方がいいと思って、掃除に行ったんだ。」

そこで、私は思い切って、担任の先生にそのことを説明しました。
後片付けをみんなと一緒にやらなかったのは悪かったかもしれません。でも、彼は単にさぼったわけではないということを、伝えたかったのです。親バカなので庇いたかったのです(笑)

担任の先生の回答はこうでした。

「なるほど。そういう事情があったのですね。・・・でも、給食当番を割り当てられている以上、みんながやっているときは同じことをやらないと・・・。」

2.学校社会の掟「みんなで一緒に」

私の中の違和感の正体がなんとなく見えてきました。

「みんながやっているのだから、あなたも同じようにやらないと。」

この考え方が私の胸の中をかき乱すのです!!

例えばこれが会社だったなら、どうでしょうか?
プロジェクトメンバーに仕事が振り分けられた。ただ、ある業務にアサインされた人が多すぎて自分はやることがない。じゃあ、まぁ、いいや・・・となんとなく仕事をしている風にしてやりすごすより、「手が空いています」と言って自分のやれることを見つけて動く人の方が評価されるはず。

でも、学校だと違うのです。きっと、無駄にお盆やお皿をわけて持っていったり、1人で持てるものを2人で持って行ったりして「給食当番としての仕事」をみんなで一緒にやることが評価されるのでしょう。これを会社でやると「1人で出来る仕事を無駄に大人数でダラダラやりやがって」ということになるのに。

会社では「生産性」「効率性」が叫ばれているというのに。(ま、これはこれでね。効率効率ってうるせえなって時もありますけど)

学校で是とされることと、社会に出てから求められることにはズレがある。

そう思ったら新社会人が「自分の頭で考えられない」とか「指示待ちで自分から動けない」とか批判されるのが可哀そうになりました。だって、学校社会で評価されるのは「自ら動く」よりも「指示に従う」ことなのですから。

もちろん、学校には学校の掟があるでしょう。
団体行動の中で我慢することを覚えなければいけないことも大切だと思います。

が、私は思いました。学校社会の中で評価されることが息子の幸せではない、と。

むしろ、学校社会の中では多少はみ出したり、注意される回数が多くなったとしてもその先の「社会」で生きるための知恵もしっかり教えていかないといけない、と。

ということで、私が息子に伝えたのは「今回の件であなたがよくなかったところは、一緒に給食当番をやっているお友達に『他に俺がやる仕事はないか?』と確認をしなかったこと。自分だけの判断で勝手に掃除に行ってしまったこと。ここだよ。きちんとお友達や先生に確認をして、それで俺は掃除に行きますと伝えればこんなことにはならかったのよ。仕事っていうのはそうやって進めるんだよ。」ということでした。

彼に足りなかったもの。それは「コミュニケーション」だったと思うのです。

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今年のお花見は平日がピークだというニュースが流れた今日。
桜満開の代々木公園で、ついに「あそビート・バンビーノ」プログラムデビューとなりました!

感無量です。

・・・って、これからが勝負なんですけどね。(^^;

渋谷区の「走り回れる保育所・託児所」ミライLaboさんの設立記念日のイベントに参加してきました。
こちらの保育所は、脳科学や臨床心理学などを取り入れた保育を行っていて、子どもの可能性を広げるためのお稽古事などにも積極的に取り組んでいます。

*ミライLaboさんのWebサイトはこちら

代表の白井さんとお会いさせていただいたのは今年の2月。
カズさんと一緒に訪問したのですが・・・
その日、一足先に渋谷についた私と、ギリギリになりそうだというカズさん。

「それじゃあ、私が先にいってますね!カズさんはゆっくりきてください。お天気も悪いし。」と言っておきながら、場所がわからずうろうろとミライLaboさんの周辺を彷徨い・・・白井さんにSOSの電話を掛けたら「あっ、カズさん、先にいらしてますよ。」と言われた衝撃の出会いから2か月(お前が方向音痴なだけだろうと言われたらそれまでですが)こうやって、プログラムを実施させてもらえるご縁に感謝です♪

お会いした際、あそビートの主旨にとっても興味を示していただいたのですが、実は、その当時ご紹介したプロトタイプの「あそビート」は対象年齢4歳以上のミライLaboさんを利用するお子さんより高い設定のものでした。

「このプログラムで、もう少し小さい子向けの軽いプログラムもあるといいですよね。あそビート・バンビーノとか(笑)」という白井さんの一言。そして、そのネーミングをそのままいただいた我々(笑)

今日がプログラムデビューの日ではありますが、あそビートは日々進化させ、よりよいものにしていきたいと思っています!

こちら、ミュージックフープという連結できる長ーいシェイカーのような楽器です。
やわらかい素材で出来ているので小さなお子さんでも危なくないし、こうやって輪にしてみんなでぐるぐる回していくことで、簡単に一体感を感じることができます。

取り外して小さい輪にして遊ぶこともできます。

パラバルーンを使って遊んだり・・・

ばぁーっ!!いた!!(笑)

サウンドシェイプという打楽器を使ってみんなでリズム遊び。

満開の桜の下で、思う存分みんなで音楽とリズム遊びを楽しみました。

あそビートは、音楽を学ぶプログラムではありません。
例えば、上手に太鼓を叩けるようになるとか、シェイカーをめちゃくちゃ上手に振れるようになるとか、絶対音感を身に付ける・・・などが目的ではありません。

あくまで、音楽とリズムを仲介にして、親子のコミュニケーションを促進したり、子ども自身の好奇心を満たしたり、成功体験を感じたり、お友達と協働作業をしたり・・・様々な体験を通じてコミュニケーションスキルを磨き、自己肯定感を高め、チームワークの大切さを感じてもらうためのプログラムです。

また、「あそビート・バンビーノ」は、赤ちゃんとどう接していいのかわからない。どうやってコミュニケーションをとったらいいのかわからない。そんな悩みをお持ちの(主に)お母さんが、自然と赤ちゃんとアイコンタクトを取り、触れ合って、良好な絆を作っていくための親子一緒に楽しむプログラムとなっています。

使用する楽器も細心の注意を払って、安全なものを選定しています。
いろいろこだわり満載の「あそビート」

これからどうぞよろしくお願い致します。

そして、ミライLaboの代表である白井様、スタッフの皆様。設立1周年おめでとうございます。
これからも、働くお母さんたちのパートナーとして頼もしい存在でいてください!



昨日は4月3日。各地で入社式もあり、真新しいスーツに身を包んだ若者があちこちにあふれていますね。初々しい若者を見ながら、霞が関を歩いてきました。(特許庁に用事があったので)

そして、今日はあそビートの本家プログラム、トレーニングビートの実施お手伝いで、とある企業様の新入社員研修のお手伝いに行ってきました。
約200名が一斉にドラムを打ちならす様子は・・・圧巻です。

入場前の様子を少しだけ↑

そして、さまざまなアクティビティを通じて1人1人の「らしさ」が垣間見えてきます。

集団で何かをするとき、必ず「目立つ人」というのが出てきます。
ともすれば、大人数で実施する研修はその人ばかりにスポットライトが当たりがちです。
でも、トレーニングビートはわずかな時間でもありますが「各人」にスポットライトが当たる瞬間があります。
どんなに大人数でも1人1人が活躍しなければ達成できないミッションが与えられるのです。

本当に「全員参加型」の研修であるとあらためて感じました。
200人も一緒に研修すると、ともすれば人の後ろに隠れて手を抜きがちになることもあります。
また、そうしていてもばれないことが多々あります。

が、トレーニングビートはそれを許しません!
文字通り「誰か一人が手を抜けば、それがばれる」アクティビティがあるのです。
どんな風にするのか、興味を持たれた方はぜひお問い合わせください(笑)

あそビートは年齢層も低く、子ども向けのプログラムなので企業研修とはまた違った趣にはなりますが、全員参加型であり、1人1人が主役のプログラムなことは間違いありません。
(あそビート・バンビーノは大人と子どものプログラムですが)

楽しくチームビルディング。

これは、大人向けでも子ども向けでも変わらないモットーだなぁと感じた1日でした。

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