本日より、新学期。入学式。というところも多いのではないでしょうか。
わが息子の通う小学校も今日から新学期。クラス替えと担任替えでドキドキです。ええ、どんな先生が担任になるかでその1年の明暗が分かれます。

主に・・・私の。

1.学校社会の洗礼を浴びた親子

うちの息子は超がつくマイペース、そして自由人です。さらにお調子者です。
そんな彼をのびのびと温かく育んでくれた保育園から一転、学校社会へ。
担任の先生は秩序を重んじる真面目なタイプ。入学して1カ月たつかたたないかのうちに、まず第一回目の呼び出し。

『保育園の時の様子や、ご家庭での様子をぜひ詳しく伺いたいと・・・』

ひぃぃぃぃぃぃ。

先生の指示に従わない。
落ち着きがない。
自分のペースで行動することが目立つ。
自分の考えを言いすぎる・・・?等が主なご指摘事項でした。

とにかく学校に目をつけられたくなかったという気持ちもあり「すみません。よく言い聞かせます。」と平謝りしていた1学期。その後、夏休みを経て2学期・・・息子の様子、他のお友達のお母さんを通じて入ってくる情報を組み合わせていくと、私の心の中にちょっとした違和感と、ちょっとしたモヤモヤ感が立ち込めるようになってきました。

2学期も半分過ぎたある日、息子が2週連続で洗濯する給食当番衣を持ち帰ってきました。通常、給食当番は1週間交代なので2週間連続で持ち帰ることはないのです。連絡帳には先生の字でこう説明が書いてありました。

←コレです。懐かしいですよね。

『前の週の給食当番の時、配膳の仕事はやったものの、食べ終わった後の片づけをやらず掃除に行ってしまっていたことが他の子ども達の話からわかり、今週も給食当番をやってもらいました。』

・・・つまり、後片付けをさぼったので、給食当番をやり直しになったということのようです。

これは私もほっておけないと思い、なんでそんなことをしたのかと息子に事情聴取しました。そうしたら、ちょっと予想外の回答が戻ってきたのです。

「だってさ、配膳の時は仕事があるけど、後片付けはあんまりないから、俺、やることなくなっちゃうんだ。だったら掃除に行った方がいいと思って、掃除に行ったんだ。」

そこで、私は思い切って、担任の先生にそのことを説明しました。
後片付けをみんなと一緒にやらなかったのは悪かったかもしれません。でも、彼は単にさぼったわけではないということを、伝えたかったのです。親バカなので庇いたかったのです(笑)

担任の先生の回答はこうでした。

「なるほど。そういう事情があったのですね。・・・でも、給食当番を割り当てられている以上、みんながやっているときは同じことをやらないと・・・。」

2.学校社会の掟「みんなで一緒に」

私の中の違和感の正体がなんとなく見えてきました。

「みんながやっているのだから、あなたも同じようにやらないと。」

この考え方が私の胸の中をかき乱すのです!!

例えばこれが会社だったなら、どうでしょうか?
プロジェクトメンバーに仕事が振り分けられた。ただ、ある業務にアサインされた人が多すぎて自分はやることがない。じゃあ、まぁ、いいや・・・となんとなく仕事をしている風にしてやりすごすより、「手が空いています」と言って自分のやれることを見つけて動く人の方が評価されるはず。

でも、学校だと違うのです。きっと、無駄にお盆やお皿をわけて持っていったり、1人で持てるものを2人で持って行ったりして「給食当番としての仕事」をみんなで一緒にやることが評価されるのでしょう。これを会社でやると「1人で出来る仕事を無駄に大人数でダラダラやりやがって」ということになるのに。

会社では「生産性」「効率性」が叫ばれているというのに。(ま、これはこれでね。効率効率ってうるせえなって時もありますけど)

学校で是とされることと、社会に出てから求められることにはズレがある。

そう思ったら新社会人が「自分の頭で考えられない」とか「指示待ちで自分から動けない」とか批判されるのが可哀そうになりました。だって、学校社会で評価されるのは「自ら動く」よりも「指示に従う」ことなのですから。

もちろん、学校には学校の掟があるでしょう。
団体行動の中で我慢することを覚えなければいけないことも大切だと思います。

が、私は思いました。学校社会の中で評価されることが息子の幸せではない、と。

むしろ、学校社会の中では多少はみ出したり、注意される回数が多くなったとしてもその先の「社会」で生きるための知恵もしっかり教えていかないといけない、と。

ということで、私が息子に伝えたのは「今回の件であなたがよくなかったところは、一緒に給食当番をやっているお友達に『他に俺がやる仕事はないか?』と確認をしなかったこと。自分だけの判断で勝手に掃除に行ってしまったこと。ここだよ。きちんとお友達や先生に確認をして、それで俺は掃除に行きますと伝えればこんなことにはならかったのよ。仕事っていうのはそうやって進めるんだよ。」ということでした。

彼に足りなかったもの。それは「コミュニケーション」だったと思うのです。

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